健康状態をチェックしてみる

HIVの基礎

HIVは「ヒト免疫不全ウイルス」のことで、HIV感染症はHIVに感染したことをいいます。HIVは、細菌や感染症から身を守るために体内に存在する免疫系の司令塔であるCD4陽性Tリンパ球 (CD4細胞) を利用し、次々とウイルスのコピーを作成して増殖していきます。その結果、あなたを病気から守るCD4細胞数が破壊されてどんどん減ってしまうのです。

HIV感染症の進行度を測定するためには、定期的に血液検査を行います。血液中のCD4細胞数は「免疫状態」を知る指標で、CD4細胞数が多いほど免疫力は高くなります。また、血液中のウイルス量は「HIV感染症の進行速度」の指標になり、検出限界の数値である20コピー/mL未満にウイルス量を抑えることが抗HIV療法の治療目標です。

HIV:Human Immunodeficiency Virus

HIVとエイズの違い

HIVはウイルスの名前で、エイズはHIVによって引き起こされる病気です。HIV感染を放置してCD4細胞が200/µL以下になると、正常な免疫力があればかからない日和見感染症や日和見腫瘍 (エイズ指標疾患) を併発しやすくなります。エイズとは、下記の23種のエイズ指標疾患のいずれかを発症した状態のことをいいます。

エイズ指標疾患

A. 真菌症
01 カンジタ症 (食道、気管、気管支、肺)
02 クリプトコッカス症 (肺以外)
03 コクシジオイデス症 *
04 ヒストプラズマ症 *
05 ニューモシスチス肺炎
B. 原虫感染症
06 トキソプラズマ脳症 (生後1ヶ月以後)
07 クリプトスポリジウム症
(1ヶ月以上続く下痢を伴ったもの)
08 イソスポラ症
(1ヶ月以上続く下痢を伴ったもの)
C. 細菌感染症
09 化膿性細菌感染 **
10 サルモネラ菌血症 (再発を繰り返すもので、
チフス菌によるものを除く)
11 活動性結核 (肺結核又は肺外結核) *+***
12 非結核性抗酸菌症 *
D. ウイルス感染症
13 サイトメガロウイルス感染症
(生後1ヶ月以後で、肝、脾、
リンパ節以外)
14 単純ヘルペスウイルス感染症 ****
15 進行性多巣性白質脳症
E. 腫瘍
16 カポジ肉腫
17 原発性脳リンパ腫
18 非ホジキンリンパ腫
(a.大細胞型・免疫芽球型、b.Burkitt型)
19 浸潤性子宮頸癌 ***
F. その他
20 反復性肺炎
21 リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:
LIP/PLH complex (13歳未満)
22 HIV脳症 (痴呆又は亜急性脳炎)
23 HIV消耗性症候群 (全身衰弱又はスリム病)

感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について「9 後天性免疫不全症候群 (4) 届出に必要な要件“指標疾患 (Indicator Disease) ”」厚生労働省.
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-07.html (参照 2020-01-21).

* a:全身に播種したもの、b:肺、頸部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの

** 13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌により以下のいずれかが2年以内に、2つ以上多発あるいは繰り返して起こったもの
a:敗血症、b:肺炎、c:髄膜炎、d:骨関節炎、e:中耳・皮膚粘膜以外の部位や深在臓器の膿瘍

*** C11活動性結核のうち肺結核、およびE19浸潤性子宮頸癌については、HIVによる免疫不全を示唆する症状又は所見がみられる場合に限る

**** a:1ヶ月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの、b:生後1ヶ月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの

HIV治療の歴史

かつて、HIV感染症は“正体不明の死の病”と考えられていました。しかし、1990年代に登場したHAART*療法によって“慢性疾患”と捉えられる時代に移り変わり、HIV流行終結を目指して、2014年に国連合同エイズ計画(UNAIDS)が、2020年までに3つの90%を達成する目標(90-90-90)**を掲げました。これからのHIV治療は、90-90-90の先にある「
Good Health
UNAIDS“90-90-90治療目標”とは、2020年時点で世界中のHIV陽性者の90%が検査を受けてHIVに感染していることを知り、そのうちの90%が治療を受け、さらにそのうちの90%が体内のウイルス量が検出限界以下になる状態を目指すというものです。
Good Healthとは、最後の90が示すウイルス量が検出限界以下になった患者さんの、生涯にわたる「良好な健康状態の維持」を指します。これからのHIV治療は、ウイルスの抑制にとどまらない、生涯にわたって良好な健康状態を維持する「Good Health」が求められる時代へ向かっていくと考えられます。
」を追求する時代へ向かっていくと考えられます。

詳細については、各アイコンをクリックしてください。

謎の死の病
時代
1980年代に原因不明の感染症として突如人類社会に広まり、その致死性から恐れられたエイズ。1983年に病原のHIVが発見されました。
新薬の早期
実験段階の時代
1990年代初めに抗ウイルス剤が開発されましたが、エイズウイルスは薬剤耐性を持ちやすいため効果が長続きせず、1日に大きめのカプセルの薬を何回にもわけて服用するため、合計約20錠もの薬が必要であることが課題に。
生存の
時代
HAART* (多剤併用療法) の導入で、HIV治療は大きく進歩。死亡率が激減し、予後も劇的に改善していきます。
慢性疾患と
しての時代
今では1日1回1錠の治療薬で治療可能。ご本人の健康状態を維持し、感染前とほぼ同じような生活を送れるようになりました。
総合的な健康
を考える時代

*:highly active antiretroviral therapies

**UNAIDS. How AIDS changed everything — MDG6: 15 years, 15 lessons of hope from the AIDS response. 2015
http://www.unaids.org/sites/default/files/media_asset/MDG6Report_en.pdf (参照 2019-11-22)
Lazarus JV. et al. BMC Medicine 2016:14:94 を参考に作成

HIVは治療を
すればうつらない?

HIV治療は抗レトロウイルス療法とも呼ばれ、通常ART (抗レトロウイルス療法) は少なくとも3つの薬で構成されています。そのうちの2剤の役割は、CD4の細胞コントロールセンターへのHIVの侵入を食い止めることです。

ただ、HIVは2剤のブロックをかいくぐって侵入してくることもあります。そんな時に活躍するのが3つ目の薬。隙間を縫って侵入してきたHIVがCD4の細胞コントロールセンターを乗っ取ってウイルス製造工場化しないように戦ってくれるのです。3つの薬が互いにバックアップできる状態をつくることで、ウイルスが侵入してくるポイントが異なっても戦えるように準備し、CD4への新たな攻撃を防ぐ。これを試みたのが複数の薬による治療手法で、過去20年間でHIVを少なくとも3種類の薬で治療することが推奨されてきた理由の一つです。

現在はまだ、HIVを完治する治療方法はありません。しかし研究によれば、HIV治療を始めてから毎日服薬することによって体内でのウイルス増殖を抑え、検査でも検出できない量にすることが可能です。ウイルスが検出限界以下の状態になってから6ヶ月、またはそれ以上経過すると、性行為によって他の人がHIVに感染するリスクが低くなります。* また、抗HIV薬をきちんと服用すれば、エイズの発症を防ぎ、長期間にわたり健常時と変わらない日常生活を送ることができるうえ、非感染者と同じくらいの寿命も望めます。

*米国国立アレルギー・感染症研究所 (NIAID) 、10 Things to Know About HIV Suppression、NAID、2017. を参考に作成
https://www.niaid.nih.gov/diseases-conditions/10-things-know-about-hiv-suppression(参照 2021-09-01)

HIVの新常識、「U=U」とは?

適切な治療を続けていればHIV感染しないことを意味するU=Uは、「Undetectable(検出限界値未満)=Untransmittable(HIVに感染しない)」を略した言葉です。「Undetectable(検出限界値未満)」とは、HIV治療を継続することで、血中のウイルス量を200コピー/mL未満に抑えた状態を6ヶ月以上維持している状態を指します。そして、そうした状態にあるHIV陽性者は、性行為を通じて他の人にHIVを感染させるリスクは低減します。U=Uは、科学的に裏付けられたこの事実が多くの人に伝わるよう、わかりやすく表現したメッセージです。*

HIV感染者の骨折の有病率

U=U Japan ProjectU=Uって何?より転載
https://hiv-uujapan.org/summary/(参照 2021-09-01)
原図: Courtesy: National Institute of Allergy and Infectious Diseases
https://www.niaid.nih.gov/diseases-conditions/10-things-know-about-hiv-suppression(参照 2021-9-13)

U=Uは、複数の研究によって科学的な根拠が示されています。例えば、2016年と2019年にイギリスで発表された「PARTNER1**」「PARTNER2***」という研究では、HIV陽性者とHIV陰性者のカップルを対象に調査が行われいました。調査期間中、782組のゲイのカップルの間で約76,000回、548組の異性愛者のカップルの間で約36,000回、コンドームなしで挿入を伴う性行為がありましたが、検出限界値未満を維持しているHIV陽性者から陰性パートナーへのHIV感染は、一例も認められませんでした。

2017年にオーストラリアで発表された「Opposites Attract研究****」でも、同じような研究結果が報告されています。343組のゲイのカップルの間で約17,000回のコンドームなしの性行為がありましたが、こちらも検出限界値未満のHIV陽性者から陰性パートナーへの感染は、一例も認められませんでした。
こうしたデータの裏付けにより、U=Uは、世界中の専門家や保健・医療機関に支持されるようになりました。

ただし、U=Uが当てはまるのは、性行為によるHIVの感染リスクについてのみです。注射針の共有や母乳による授乳など、他の経路からのHIV感染や*、ウイルス性肝炎・梅毒・クラミジア・淋病などHIV以外の性感染症、予期しない妊娠といったリスクは防ぐことができません。U=Uの時代でも、コンドームはあなたとあなたのパートナーの健康を守る、大切な手段です。

U=Uに関する詳しい情報はこちら:
https://hiv-uujapan.org/

* U=U Japan Project U=Uって何?を参考に作成
https://hiv-uujapan.org/summary/ (参照 2021-09-01)

**Rodger AJ, et al. JAMA. 2016; 316(2):171-81.を参考に作成

***Rodger AJ, et al. Lancet. 2019; 393(10189):2428-2438.を参考に作成

****Bavinton BR, et al. Lancet HIV. 2018; 5(8):e438-e447.を参考に作成

内服を続ける為にも、
小さなガマンを
増やさない

U=Uが示すように、HIVの量を検出限界値未満に継続的に抑えることで、性行為によって他者にHIVを感染させるリスクは低減します。そのためには、患者自身が医師の指示に従って積極的に薬を使った治療を受ける「服薬アドヒアランス*」を良好に保ち、抗HIV薬を毎日正しく服用することが重要です。**

医師の指示どおりに抗HIV薬を毎日服用すれば、血液中の薬の濃度を一定に保つことができます。これは、ウイルスの増殖を抑えるために必要な薬を十分に体内に保ち、治療成功率を高めるために不可欠です。その反対に、薬を飲み忘れると血液中の薬の濃度は低下します。そうして血液中の薬が最小濃度を下回ると、服用中の薬では増殖を抑えられなくなる「薬剤耐性ウイルス」が生み出され、服用を再開したとしても薬が効かなくなったり、他の薬でも増殖を抑えられなくなったりする可能性があります。

とはいえ、毎日の薬の服用は、経験がない方にとってはとても負担に感じるかもしれません。毎日キチンと飲みつづけるために欠かせないのが、自分の治療薬について十分に理解する姿勢です。薬によって、用法や食事への影響、保存方法、副作用は異なります。そしてなかには、「1日1回」「1日1錠」「服薬時間の制限がない」薬も存在します。それぞれの薬の特徴を把握したうえで、自分の生活スタイルに合った薬をえらぶことが、治療生活を長く続けるポイントです。***

あなたは服薬について、「気分が悪くなるけれど、これくらいの辛さは仕方ない」と思ってガマンしていませんか?または、「1日に何度も薬を飲むのが難しい」「継続する自信がない」などと感じていませんか?大切なのは自分に合う薬を選択して、できる限りガマンをしない状況をつくること。服用に前向きになれない原因がある時は、どんな小さなことでも主治医に相談しましょう。

*日本エイズ学会 HIV感染症治療委員会 HIV感染症「治療の手引き」P23を参考に作成
http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_24.pdf (参照2021-09-01)

**HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班 Guideline 抗HIV治療ガイドラインp9を参考に作成
https://www.haart-support.jp/pdf/guideline2021.pdf (参照2021-09-01)

***独立行政法人国立病院機構 仙台医療センター 東北ブロックAIDS/HIV情報ページ お薬の部屋を参考に作成
https://www.tohoku-hiv.info/for_patient/medicine_03.php (参照2021-09-01)

少しでも気になったときはもちろん、
不安がないときこそ、
健康状態をふまえ将来の治療について
考えるチャンスです。

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