
最終的な治療の主導権は
自分が持つ
~医師と対話しながら進める自分主体の医療~
林原さんがヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染したのは小学生の頃。当時はHIVの存在が知られ始めたばかりで、治療薬も開発されておらず、感染すれば「死を待つしかない」と言われていた時代でした。病気そのものへの不安だけでなく、周囲からの偏見や差別にもさらされながら、日々を生き抜いてきました。
それから30余年。医学の進歩によりHIVは慢性疾患の1つと捉えられるようになり、治療環境も大きく変わりました。時代の変化の中で、林原さんはどのように自らの病と向き合い、どんな思いで治療を受け続けてきたのでしょうか。
取材協力:

血友病治療に用いられた非加熱の血液凝固因子製剤によりHIVに感染。
映画と海外ドラマの鑑賞が趣味。見たい作品は山のようにあるものの、忙しさでなかなか見られないことが目下の悩み。
突然知らされた感染の事実
今でもよく覚えているのですが、小学校で授業を受けていたら先生に呼び出されて、「お母さんと一緒に病院に行きましょう」と言われたんです。当時は幼かったので、何が起こったのかはすぐに理解できませんでした。当時は日本で検査ができなかったので米国に検体を送る必要があり、病院で採血を受けました。
そして結果は、残念ながら陽性でした。私だけでなく、同じく血友病である弟もHIVに感染していることがわかりました。ある夜、弟と2人で寝ていたのですが、ふと気がつくと親が私たちの顔を見つめていて。「病気がもうひとつ増えてしまった。その病気には治療薬がない。もしかしたら死ぬかもしれない。」と辛そうに伝えられたことをよく覚えています。
そのときに私は、「まぁしゃあないやろ。そうなってしまったことは仕方がない。死んだら死んだときや。」と親に話しました。もちろん、怖さもあったと思いますが、幼心に「受け入れるしかない」と感じていたのかもしれません。

「知る」ことで病気と立ち向かう
そこから私の戦いが始まります。とにかく病気のことを調べようと決心しました。この病気がどのような病気なのか、病気に勝つにはどうすればよいのか。敵がわからなければ対応のしようがないので、とにかくHIVについての知識を深めようと決めました。
とはいえ、今のようにインターネットで何でも調べられる時代ではありません。情報源はテレビ、新聞、雑誌など。まだ学生でお金もなかったため、図書館にもよく通いました。そして、自分の調べたことを主治医に話し、間違っていないかを確認したりもしました。
薬害エイズ訴訟の原告団が母体となって組織された「はばたき福祉事業団」にもお世話になりました。わからないことを教えてもらったり、東京で検査を受けるときにはサポートしてもらったり。困ったときの大きな支えになってもらいました。
やはり、自分の病気に対しては、自分自身が主体的に関わっていくべきだと考えます。私は「無知は最大の罪なり」という言葉が好きですが、必要な情報は自分の力で手に入れていくことが大切だと思いながら生きてきました。
主体的に治療に関わるということ
私は常々、病気は自分がかかっているのであって、医師がかかっているのではないと考えています。医師はあくまでも第三者ですから、その病気をどう克服していくかについては陽性者自身が主導権を握る必要があると思います。医師は「病気を治してくれる人」ではなく、「病気を治すための助言者」と考えるとよいかもしれません。医師は自分の後ろで見守ってくれる存在であって、あくまでも決定権は自分にあることを忘れないことが大切だと思っています。
私は岐阜で生まれ、社会人になって今は富山で暮らしています。都会に住んでいれば、専門医の数も多いので、もう少し違った環境で治療を受けられたでしょう。しかし、病気のことを勉強し、主治医と対話しながら治療を続けてこられたので、地方に住んでいても充分な治療を受けることが出来ています。逆に言えば、声を上げなければ不利益につながることもあったかもしれません。知識を得て、そして医師とコミュニケーションを重ねていくことの大切さを痛感しています。

医師との信頼関係は対話から
主治医と向き合ったときに、何も言えなくなってしまう人もいると思います。「こんなこと言ったら怒られるかな」とか「病気とは関係ないかもしれない」と考えてしまい、話を切り出すことができないこともあるかもしれません。しかし、医師にとっては陽性者の声こそが手がかりなのです。さまざまな声を聞いた上で診療方針を決めていくので、どんな些細なことでも話した方がよいと思います。意識して「話そう」と努めれば、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。私の場合は、診察が始まると自分の方から雑談を話し始めます。そうすると、主治医も乗ってきてくれて何でも話せる雰囲気になるのです。
これまでの経験から、陽性者が声をあげることはとても大切だと思っています。議論できるような関係になることが理想ですが、そこまでは難しいとしても、どんなことでも話し合える関係性を築けたらよいですね。私もこれまで何度も主治医とぶつかりましたが、そうしたコミュニケーションがあったからこそ、よい関係を作ることができたのかなと思っています。
このようなことを言うと、私はとても強い人間に思われるかもしれません。実際、主治医から「林原さんのような強い人間はこれまで見たことがない」と言われたこともありました。でも自分は、本当はとても弱い人間で、心が折れそうになることも何度もありますが、一方で、「ブレてる暇はないし、ブレるわけにはいかない」という思いもあるのです。それは自分のためでもあるし、家族のためでもあります。だから、自分の病気にはきちんと向き合わなければいけないと思うのです。
治療薬の選び方も、納得のいくかたちで
振り返れば、HIVの治療も大きく変わりました。以前はたくさんの薬を一度に服用しなければならなかったり、副作用に悩まされたり、薬剤耐性発現の恐怖に怯えたりと、治療を続けていく上での不安や不便さがたくさんありましたが、今は1日1回1錠を服用するだけで、ウイルス量を検出限界値未満に維持できるようになっています。現在の薬は、服用し始めてから4年以上経過しましたが、今のところ耐性の問題も無いようです。
どの薬を選ぶかについても、よく調べました。さまざまな治療薬がある中で自分にとって最も負担が少ない薬はどれだろうと。主治医に聞き、薬剤師さんにも聞き、そして自分でも調べた上で現在の薬に決めました。今飲んでいる薬は、有効性や安全性はもちろん、利便性についても満足しています。主治医から勧められた薬をそのまま受け入れるのではなく、自分で納得してから決めるというスタイルは、もう身についてしまっている感じですね。

未来の治療選択肢を考える
ウイルスを完全に排除できないにしても、検出限界値未満を維持することができるようになり、HIV陽性者の生命予後は向上していると言われています。ただし、HIV治療は続けていかなければなりません。長期にわたる治療を考える上では、いくつかの重要なポイントがあると思います。
1つ目は、自分のライフスタイルや好みに合った治療が選択できているか。2つ目に、長期にわたって安全に服用できるかどうか。3つ目に、薬剤耐性のリスクは起こっていないかどうかを確認することが重要です。さらに4つ目として、先ほども述べたとおり、自分にとって最適な治療を選択するためには、医療関係者とよく話をして、納得した上で治療を選択することが大切です。また、治療の進歩によってU=U(undetectable=untransmutable)、つまり検出限界値未満の状態であれば他者への感染もほぼ起こらない、という考えが実現できる時代になりました。だからこそ5つ目のポイントとして、できるだけ早くウイルスを抑制し、それを維持することで、自身の健康も守りつつ、パートナーへの感染も防ぐことが重要だと思います(図)。
自分にとって最も重要なポイントがどれなのかを考えてみましたが、やはり5つの要素すべてが関連し合っていて、どれも欠かせない考え方なんですよね。HIVに感染している方には、これらのことを意識しながら、納得のいく治療を続けていってほしいと思っています。
個人のニーズ
あなたに合った治療を選択する
自分のライフスタイルや好みに合わせた治療方法を選択できる1,2)
安全性・治療の続けやすさ
長期的な安全性を見据えた治療を選択する
HIVと他の病気の治療を安心して継続できるようにする2,3)
治療実績
確かな情報を基に治療を選択する
治療薬について、医師や医療スタッフとしっかり話し合い、納得した治療を選択できるようにする4-6)
早期治療開始
できるだけ早くU=U達成を目指す
できるだけ早くウイルスを抑制し、その状態を維持することで、健康を維持しパートナーへの感染も防ぐ1,3)
U=U(Undetectable=Untransmittable)高い耐性バリア
薬剤耐性※のリスクを最小限に抑える
耐性の発現を防ぐことで、将来も効果的な治療を継続できるようにする2,7)
※治療を続けていると薬剤が効かなくなること- Antela A, et al.:J Antimicrob Chemother 2021; 76(10):2501-2518.
- Taramasso L, et al.:Pharmacol Res 2023; 196:106898.
- Lazarus JV, et al.:HIV Med 2023; 24(Suppl 2):8-19.
- Bass SB, et al.:AIDS Patient Care STDS 2020; 34(9):399-416.
- Dubé K, et al.:HIV Res Clin Pract 2023; 24(1):2246717.
- Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults and Adolescents. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in Adults and Adolescents With HIV. Department of Health and Human Services. Available at https://clinicalinfo.hiv.gov/en/guidelines/adult-and-adolescent-arv.(2025年5月22日閲覧)
- Gardner EM, et al.:AIDS 2009; 23(9):1035-1046.
1、2、3):本論文はギリアド・サイエンシズ社より支援を受けています。著者にギリアド・サイエンシズ社より支援を受けている者が含まれます。
5):著者にギリアド・サイエンシズ社より支援を受けている者が含まれます。
監修:国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター 潟永 博之先生
読んでみて気になったことはありましたか?
支えてもらったことに感謝し、誇りをもって生きる
治療が進歩したことにより、HIVに感染したらすぐに生命の危機にさらされることはなくなりました。しかし、感染してから今まで、常に死と向き合ってきた経験があるので、私はやり残したことがないように、後悔がないように、今を精いっぱい生きたいと思っています。また、これまで多くの人に支えられてきたし、一緒に戦ってきた家族もいるので、そうした人たちとのつながりを大切にして生きていけたらなと思っています。
そして、HIVに感染している方に伝えたいのは、決して悲観しないでほしい、投げやりにならないでほしい、ということです。薬害エイズ訴訟の和解から約30年が経過した今でも、偏見や差別はなくなっていません。だから、自分の病気のことを公にしていない方もいると思います。しかし、HIVに感染していることは決して恥じることではありません。誇りをもって生きていきましょう。それには、HIV治療にも自分の意思をもって主体的に関わってほしいと思います。そして、好きなことを楽しみ、周囲の人を愛しながら、前向きに毎日を過ごせることを願っています。

取材日:2025年5月9日
於:富山国際会議場
この記事はインタビュー実施時点の情報を基に作成されています。
読んでみて気になったことはありましたか?